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大阪地方裁判所 昭和47年(ヨ)10018号 決定 1973年1月31日

第一〇〇一八号、第一〇〇二一号事件申請人 株式会社嶋崎経済研究所

同事件申請人 安田茂晴

同事件申請人 堤誠治

同事件申請人 村井義朗

同事件申請人 松島聖悟

同事件申請人 高橋正明

同事件申請人 平岡達三

右申請人七名代理人弁護士 坂井尚美

同 寺田武彦

右申請人株式会社嶋崎経済研究所・安田茂晴代理人弁護士 三戸岡道夫

同 大島淑司

第一〇〇二五号事件申請人 株式会社経済時報社

同事件申請人 吉田豊

同事件申請人 土生修二

右申請人三名代理人弁護士 鍛治巧

被申請人 第一紡績株式会社

右代理人弁護士 吉田朝彦

同(第一〇〇二五号事件を除く) 永沢信義

同(右同) 中祖博司

同(右同) 川木一正

同(右同) 田辺善彦

主文

申請人らの本件仮処分申請をいずれも却下する。

申請費用は申請人らの負担とする。

理由

第一、申請の趣旨

一、第一〇〇一八号、第一〇〇二一号申請人ら

1.被申請人は別紙目録(一)記載の各取締役会決議を申請人らの被申請人に対する右各決議無効確認訴訟の本案判決確定に至るまでこれを執行してはならない。

2.被申請人が別紙目録(一)記載の取締役会決議に基づいて現に発行手続中の記名式普通額面株式四〇〇万株の発行を仮に差し止める。

3.被申請人は、申請人らの被申請人に対する別紙目録(二)記載の株主総会決議不存在確認訴訟(又は決議無効確認訴訟もしくは決議取消訴訟)の本案判決確定に至るまで別紙目録(一)記載の新株を発行してはならない。

二、第一〇〇二五号申請人ら

第一〇〇一八号、第一〇〇二一号申請人らの3と同旨。

第二、申請の理由

一、第一〇〇一八号、第一〇〇二一号申請人ら

1.被申請会社(以下会社ともいう)は紡績、製織等およびその製品の販売等を業とする資本金六億円、発行済株式総数一二〇〇万株(一株の金額五〇円)の株式会社である。

2.申請人らはいずれも会社の株主で、その持株合計は一、三八三、〇五〇株で会社の発行済株式総数の一一・五%にあたる。

3.会社は昭和四七年八月四日および同年八月二三日取締役会を開き、別紙目録(一)記載の第三者割当による新株発行の決議(以下決議につき本件取締役会決議、新株発行につき本件新株発行という。)および同新株発行につき株主総会の特別決議を得るため臨時株主総会を招集する旨の決議をした。

4.ところで、本件取締役会決議には第三者についての具体的な定めがなく、その範囲すら不明であり、株式払込期日の定めもない。

一般株主にとっては右の第三者を知ることは重大な関心ないし利害関係を持ち、また払込期日は新株発行事項のうち最重要不可欠なものであるから、これらの点について定めのない本件取締役会決議はその内容が商法二八〇条の二第一項第二号、第八号に違反するものとして無効である。

5.また後記臨時株主総会の招集通知書によれば新株を取引先法人筋に割り当てる旨の記載があるが、これによっても何ら第三者は特定されず、その違法なことは前記のとおりであり、また右の取引先法人筋には会社株主もおり、これに対しても割り当てがなされるとすれば株主平等の原則に反する。

6.次に、本件新株発行はその必要もないのに株主割り当てや公募発行には一瞥もくれず、もっぱら申請人らの有する少数株主権を排斥する意図のもとになされるもので、その目的において不当であり著しく不公正な方法による発行というべきである。

本件新株発行が申請人らの株式保有に対する対抗策としてなされたことは大阪証券業界公知の事実であり、本件新株発行により申請人らの会社発行済株式総数に対する持株比率は一一・五%から八・六%に低下し、帳簿閲覧請求権をはじめとする少数株主権を奪われることとなる。なお、前記総会招集通知書によれば会社堺工場移転等の資金を調達するために本件新株発行が必要である旨記載されているが、同工場跡地は坪当り四〇数万円もする土地でその売却代金だけで四〇数億円となり、右の資金をまかなうにはこれで十分であえて新株発行により資金を調達する必要はない。

7.本件新株発行は、時価を大幅に下まわる特に有利な発行価額をもって第三者に割り当てるものであるから、株主総会の特別決議を要するところ、会社は前記のとおり同決議を得るため臨時株主総会を招集し、昭和四七年九月二〇日大阪市東区所在難波別院御堂会館三階ホールにおいて臨時株主総会を開催した。

そして、会社は右総会において別紙目録(二)記載の特別決議(以下本件総会決議という。)をしたとするが、同決議には次の瑕疵があり、不存在又は無効、取消を免れぬものである。

(一)、決議の不存在あるいは取消

(1)、本件総会は議場内を警察官が警戒しているという異常な状況の中で、遅れる旨の知らせもなく定刻の午前一〇時三〇分を過ぎた同一〇時四五分頃開会され、会社代表取締役調虎雄が議長席について議決権の個数等を報告し始めた。その際株主より「緊急動議」、「議長不信任」等の発言がなされたが、議長はこれを動議としてとりあげず、他方議場最前席を占めていた会社従業員で社員株主と称する者一一〇余名全員が両手をあげて「原案賛成」とシュプレヒコールを叫んだため、議場は混乱状態となり議長の声も聞こえない程になったため同一〇時五〇分頃一時休憩となった。

(2)、同一一時五五分頃再開され、議長は総会の出席株数等について報告したが、その直後株主より議長不信任の動議が提案され、その理由の説明がなされた。しかし議長はこの動議について何らの討論も行わないまま反対の拍手があったのみでこれを無視したため、右株主らから議長不信任案処理が独断横暴だとの発言がなされる等、議場は騒然たる雰囲気となり、他方社員株主らがシュプレヒコールを叫ぶ等議長の発言は全く聞きとれぬ状態となり、再び同一一時二〇分頃休憩となった。

(3)、そして、右の休憩時間に本件総会議案に反対の立場の株主の代表と会社役員、議長との間で、議案については議長より株主に対しその内容を詳しく説明し、強行採決はしない旨の協議がなされ、正午過ぎになって総会が再開された。その冒頭一株主より右の協議内容について議場に報告がなされ、同時に一三〇円で一律平等に株主に優先的に割り当てるべきだとの発言がなされたが、賛否の意見交換もされずに怒号のうちに過ぎた。ついで他の株主より本日の委任状を明らかにされたい旨の発言があったが要領を得ぬまま全く説明がなかった。そして、この間議長より議案内容である第三者割り当ての必要な理由の説明は何もなく、従って議案に関する質疑討論の機会も与えられなかった。しかるに、議長は右の発言等の直後、いきなり本件議案を決議に付したが、社員株主らのシュプレヒコールと反対株主らの怒号とで議場は混乱に陥り、株主らが壇上でもみあううち反対株主三名が警察官に逮捕されるという事態を生じ、議長を含む役員全員が退場し、結局議案については議決も行われず、可決の宣言もないまま午後〇時一〇分頃本件総会は終了し、事実上流会に終った。

(4)、以上のとおり、本件総会は議案について全く質疑討論の機会を与えず、実質審議のないまま事実上流会に終ったもので決議といえるものはなく、また何らかの形で決議があったとしても終始騒然とした状況の下で議事進行について殆んどの出席株主がこれを了知し得ぬまま終了したものであって、決議の成立過程に著しい瑕疵があるというべきであるから、本件総会決議は不存在であることは明らかであり、仮に不存在といえなくても前記の経過からすれば本件総会決議はその方法において著しく不公正なものとして取消されるべきである。

(二)、決議の無効あるいは取消

(1)、本件新株発行は前記のとおり第三者に対して特に有利な発行価額で新株を割り当てるものであるから、取締役は特別決議を得る株主総会において、新株発行を必要とする理由を開示する義務があり(商法二八〇条の二第二項)、この理由開示は株主が第三者に対する有利発行に賛否を表するための判断資料を提供する趣旨であるから、その開示理由は株主がかかる判断をするための資料として必要かつ十分と認められる程度に具体的であることを要し、特に第三者を具体的に特定し、これらの者と会社との利害関係、割り当てを必要とする理由を開示することが必要である。

(2)、しかしながら、本件総会においては右の理由は全く開示されず、第三者の範囲も不明のまま、これらの点については全く審議討論されずに決議がなされたものであるから本件総会決議はその内容あるいは成立手続が商法二八〇条の二第二項に違反し無効あるいは取消されるべきである。

8.4ないし7のとおり、本件新株発行は法令に違反し又は著しく不公正な方法によるものであるが、さらに、本件新株発行はその発行価額(最低発行価額の意、以下同じ)が現在の一株の株価二一〇円に対しわずか一三〇円で低廉に失し公正な価額とはいえず、しかも会社発行済株式総数の三分の一にもあたる四〇〇万株を株主以外の第三者に割り当てるもので株主の利益を害すること甚しく、この結果として申請人らを含む一般株主は経済的損失は勿論、議決権割合の低下等多大な不利益を受けるおそれがある。

9.よって、申請人らは本件取締役会決議無効確認訴訟、新株発行差止訴訟、本件総会決議不存在確認等訴訟を提起すべく準備中であるが、被申請人において本件新株発行を強行するときは、右の訴訟はいずれも無意味に帰するので本件仮処分申請に及んだ。

二、第一〇〇二五号申請人ら

1.申請人らはいずれも会社株主でその持株合計は三二、五〇〇株であり、本件総会決議取消訴訟を当裁判所に提起した。

2.その余は、第一〇〇一八号、第一〇〇二一号申請人らの主張(2.5および6.を除く。)と同旨である。

第三、当裁判所の判断

一、疎明によれば被申請会社が申請人ら主張のとおりの株式会社であること、第一〇〇一八号、第一〇〇二一号申請人らが会社の株主であって、その持株合計が一、三八三、〇五〇株で会社発行済株式総数の一一・五%にあたること、第一〇〇二五号申請人らも会社の株主であること、また会社が昭和四七年八月四日及び八月二三日取締役会を開き、本件取締役会決議および本件新株発行について、株主総会の特別決議を得るため臨時株主総会を開催する旨の決議をしたことが一応認められる。

二、申請人らは本件取締役会決議は第三者について具体的な定めがなく、その範囲も不明であり、また株式の払込期日の定めもないので、商法二八〇条の二第一項第二号、第八号に違反する無効の決議であると主張する。

そして、本件取締役会決議の結果に照らせば、本件取締役会決議においては、右の点について定めのないことは明らかである。

しかしながら、株主以外の第三者に対し新株を発行する場合においても、特に有利な価額をもって発行するときを除き、取締役会においてこの第三者に関する具体的な定めをしなければならないと解すべき根拠はないところ、本件新株発行は後記のとおり特に有利な価額による発行とは認められないから、この定めのないことをもって本件取締役会決議を無効とする申請人らの主張は理由がない。

次に、商法二八〇条の二第一項第二号によれば払込期日の定めは取締役会の決議事項とされているが、同条による新株発行の取締役会決議事項は常に同一日時における取締役会決議においてそのすべてについて定められなければならない理由はなく、日時を異にして決議されても何ら法の趣旨に反しない。従って、本件取締役会決議においてはまだ払込期日の決議がないというにすぎないから、右決議が無効とは到底いえず、この点に関する申請人らの主張も理由がない。

三、第一〇〇一八号、第一〇〇二一号申請人らは、被申請人のいう本件新株の割当先である取引先法人筋には会社株主も含まれ、これらにも新株が割り当てられるとすれば株主平等の原則に違反すると主張する。

しかしながら、かりに右取引先法人筋の中に株主が含まれているとしても、それが株主たる資格を離れて純然たる取引先として割り当ての対象になっていると認められる限り、当該株主を株主以外の第三者と解して妨げないところ、本件においては、取引先法人筋の名の下に真実は一部の株主のみに対し割当てをしようとしているような事情をうかがうに足りる何らの疎明もなく、しかも、申請人らの主張自体からもうかがえるように、取引先法人筋である会社株主に新株が割り当てられるか否かは未だ決定していないのであるから、いずれにしても、本件新株発行が株主平等の原則に違反するものとして、差止めの対象となるということはできない。

従って申請人らの右主張は理由がない。

四、次に、第一〇〇一八号、第一〇〇二一号申請人らは、本件新株発行はその必要もないのに株主割当や公募発行には一瞥もくれずに、もっぱら申請人らの有する少数株主権を排斥する意図の下になされたもので、著しく不公正な方法によるものであると主張する。

1.(一)、右申請人らの持株合計が一、三八三、〇五〇株で会社発行済株式総数の約一一・五%にあたることは前認定のとおりであるから本件新株四〇〇万株が発行されれば、申請人らの持株比率が約八・五%に低下することは計算上明らかであり、その結果申請人らの持株数に変動のない限り右申請人らが一〇%以上の株主の有する帳簿閲覧請求権等の少数株主権を失うことも明らかである。

(二)、そして、疎明によれば、本件新株発行の決議後(なお本件新株発行は価額を除いて昭和四七年八月四日の取締役会決議で決定されている。)の新聞記事(一〇〇一八号、一〇〇二一号事件疎甲一七号証同年八月一四日付日本経済新聞、同一八号証同年八月一六日付日日経済新聞)、あるいは本件総会の模様を報道した記事(同二八号証、二九号証同年九月二一日付サンケイ新聞、朝日新聞)には、本件新株発行が会社側の発行理由の説明にもかかわらず、業界筋では、申請人会社嶋崎経済研究所、同安田らの会社株式買占めに対抗して行われたと指摘されている旨の記載のあることが一応認められ、これによればその真偽は別として、証券業界では本件新株発行が申請人らの会社株式買占めに対抗するためになされたと受けとる傾向にあったことが一応うかがえなくはない。

(三)、また、疎明によれば、申請人らの中にはいわゆる総会屋あるいはこれに同調する人達があると一応認められ、これと右(一)、(二)及び後記認定のとおり申請人らの株の買入れと会社株価の急騰が無縁ではないことから申請人らの株の買入れ時期と本件新株発行の決議の時期が略々一致すると推測されることを併せ考慮すれば、会社は一〇%強とはいえいわゆる会社大株主となった申請人らの株式保有を嫌って、その相対的地位の低下を図り、本件新株発行を決議したのではないかとの疑いを全く否定することもできない。

2.しかし、疎明によれば更に次の事実が一応認められる。

会社は堺市にある工場を廃止するに伴い(なお同工場跡地については住宅産業等に利用することを考慮している。)、同工場の事業を会社他工場に移転するとともに、新たに兵庫県所在の工場を買い入れることになり、この移転、買い入れ資金として概算七億円、その他の事業資金として約三億円の資金需要が生じた。

そして、会社の自己資本比率が二五%であって同規模同業他社に比べて低いためそれを高める目的と、右の資金を銀行借入れによって調達すれば、金利負担が大きいうえ、更に自己資本比率が低下し、会社の信用にもかかわると考えたため、内五億二千万円につき増資払込による新株発行により調達することとした。発行の方法については、株主の利益に最も合致するよう利害得失を考慮し、株主割当については額面によらない発行の例が殆んどなく、額面発行とすれば右の資金調達には多量の株式の発行が必要なこと、失権株の出ることや株価の下落をおそれたこと等の理由により、また公募発行については被申請会社のような二部上場会社の場合、証券会社は、株主に対する額面割当を五〇%した残りの五〇%しか引受けないとの制約がある等の理由により、結局取引先法人筋を対象とする本件のような形の第三者発行が市場に株が流れず株主にとっても利益になるとして採用された。

右疎明された事実によれば、資金調達の方法、発行の方法について他の方法を選択し得たかどうかは別として、会社には具体的に資金需要が存し、その調達の方法として新株発行によったこと、その発行を第三者割当としたことについてそれなりに合理的な理由があったものというべきである。(なお、申請人らは右の資金は堺工場跡地の売却代金をもってすれば十分であるというが、資金の調達を何によって行うかは一般に会社の自由な行為に属し、本件新株発行によりこれを行ったことに合理的理由の存する以上この非難はあたらない。)

3.右1.2によれば、会社が申請人らの株式保有を嫌って本件新株を発行したのではないかとの疑いを全く否定できないにせよ、それがもっぱら申請人らの少数株主権を排斥する意図でなされたものとはいえない。

そして、右の意図が多少なりとも存していたとしても、本件新株発行につき合理的理由の存する以上それが本件新株発行を決定づける理由としては稀薄であるしか言い得ないから、それだけでは本件新株発行が著しく不公正な方法によるものということはできない。

従って、申請人らの右主張は理由がない。

五、次に、申請人らは、本件総会決議の瑕疵を主張する。

しかし、第三者に対する新株発行につき株主総会の特別決議を要するのは、特に有利な価額による発行の場合に限られ(商法二八〇条の二第二項)、従って取締役会で第三者に対する新株発行の決議をした後、その発行価額についての疑義を解消する等のため、株主総会を招集して特別決議を求めた場合においても、結果としてその発行価額が特に有利とは解されないときは本来必要ではない手続を行ったにすぎないから、右総会決議の存否または有効無効は新株発行の効力を左右するものではないと解するのが相当である。そこで、本件新株の発行価額が特に有利であるか否かについて検討する。

商法二八〇条の二第二項にいわゆる「特ニ有利ナル発行価額」とは公正な価額との比較において論ぜられるわけであるが、新株の公正な価額とは、それを決定した時点において、目的とされる新株発行を実現することが可能な限度で旧株主にとって最も有利な価額を指すものと考えられ、結局は決定時における企業の客観的価値により決定されるべきものである。そして、企業の客観的価値とは、当該企業の資産状態、収益力等から総合的に判断されるものであるから、具体的にはこれらの諸事情を前提として決定される価額が公正な価額ということになる。

もっとも、株式が市場において取引されている場合には、原則として市場価格が右の企業価値の反映と考えられるから、新株の発行を決議した時点における株価を中心として新株が発行された場合において予想される株価の変動等の事情を加味して発行価額を決定すればそれが公正な価額ということができる。しかし、右の株価はしばしば当該株式が投機の対象になる等により、必ずしも企業の有する価値を反映しない場合があり、このような形で形成された株価は、公正な価額を決定するうえでの基準たり得ず、これとの比較において発行価額が公正か否かを決定することはできないというべきである。

1.そこで、はじめに本件新株の発行価額と発行決議時における会社株価を比較検討する。

(一)、疎明によれば次の事実が一応認められる。

(1)、発行価額につき定めた本件取締役会決議の前日である昭和四七年八月二二日の会社株価の終値は一九五円であった。

(2)、会社の株価は昭和四〇年から同四六年までは概ね高値六〇円台、安値四〇円台から五〇円台と変動がなく、同四七年一月から八月までの終値平均株価は別表のとおりであり、一月から五月までは比較的変動がないのに六月になって出来高が急増するとともに急騰し、その傾向が七月、八月も続き、高値二〇〇円を越すまでになり、同表のとおり同規模同業他社の株価と比較しても割高となっており、この後も株価は上昇し、概ね二〇〇円台を維持している。

ところで、会社には株を市場に出すことのない安定株主が多く、市場で取引される浮動株はおよそ発行済株式総数の二五%にあたる三〇〇万株程度にすぎないため、わずかな株の買占めで容易に株価を上昇させやすい状況にあり、業界新聞では早くから会社株価の急騰につき株の買占めによるものとの観測がなされていた。(一〇〇一八号事件乙二号証の一昭和四七年七月一九日付証券新報、同号証の二同年八月三日付日日経済新聞)そして、本件総会のための株主名簿の基準日が昭和四七年八月二二日と定められていたところ、申請人ら(ここで申請人らというのは一〇〇一八号、一〇〇二一号申請人らをさす以下同)の多くは同日株主名簿に登載され、かつ同日までの比較的最近の時期に、前記持株を取得したものである。

(3)、以上の事実によれば他に会社業績の向上等株価高騰の原因となる特段の事情を疎明する資料がない以上、前記会社株価の急騰の主たる原因は申請人らを含む一部の者の会社株式買占めにあったものと推認するのが相当である。

(二)、そうだとすれば、前記の会社の株価一九五円は昭和四七年六月以降の買占めを主たる原因として形成されたものといわざるを得ず、このようにして形成された株価が本件新株の発行価額を定めるうえで基準たり得ないことは前記のとおりであるから、本件新株の発行価額一三〇円が公正であるか否かはともかくとして、前記一九五円なる株価との比較により、右価額をもって「特ニ有利ナル発行価額」と断定することはできない。

2.(一)、次に、疎明によれば会社が本件株式の発行価額を一三〇円と定めた経過は次のとおりであることが一応認められる。

まず、株式の上場されている同業会社一八社を選び出し、その資本金、株価、予想配当等を会社のそれと比較検討し(この結果会社は株価を高くとも一七〇円位と判断した。)、ついで、極めて業績の似通ったサイボー、同興紡(これらの昭和四七年一月から八月までの終値平均株価、資本金、配当、一株当り純資産、一株当り純利益は別表のとおりであり、これらの会社と被申請会社が極めて近似した内容を有することは明らかである。)と右の諸点について比較検討し(この結果会社の株価として一三〇円位が相当と判断した。)、さらに右二社及びこれより業績において上回ると考えられる敷島紡(なお同紡の月平均株価は昭和四七年一月は七六円でその後順調に上昇し八月二二日の時点では一五五円であった。)と会社の昭和四七年一月から七月までの平均株価及び八月二二日の株価を比較し、前認定のとおり会社の株価が高すぎることから、会社株価の変動がこれらと同一歩調をとっていた場合の株価を一三〇円から一五〇円と想定し、かつ右同興紡、サイボー等の一株当りの純資産額とその株価の比較から株価が高い場合でも概ね一割高であることを突きとめ、会社の一株当りの純資産額が一三四円であることからすれば株価は高くとも概ね一四七円が妥当であると判断し、以上を総合的に勘案して会社株式のあるべき妥当な市場価格は一六〇円ないし一七〇円位であると結論した。

また証券業界においては、新株につき失権株の出ないよう全部が消化できることを考慮して、一般的に発行価額については市場価格の一割から一割五分程度低く定めるものとされており、最近では一割五分から二割二分位まで割引する例が多いのでこれらの例に従い発行価額を一三〇円と定めた。(なお、会社の意図としては、これは最低発行価額であるから、現実には情勢に応じてできるだけ高い価額で発行するつもりである。)

(二)、ところで、公正な価額が前記のとおり企業の資産状況、収益力等から決定されるものである以上、被申請会社の公正な株価を決定するにあたっては、直接的には被申請会社の資産状態、収益力等を具体的に判断しなければならないといえるが、右判断は実際にはかなり困難であり、そこで、間接的に同じような事情にある同規模同業会社の株価の推移と会社株価の推移、一株当り純資産の額と株価の関係等を比較して、会社のあるべき株価を決定するという方法が考えられる。(勿論この前提としては比較される会社の株価が、その会社の資産状態、収益力を適切に反映していることが必要である。)

そして、前記認定の事実からすれば、会社は右の点を十分検討していることが明らかであり、比較の対象となった同興紡、サイボー、敷島紡の株価の変動が概ね順調な推移を示していることおよびその一株当りの純資産額に対応する株価からすれば、これらの株価は概ね右各会社の企業価値を適切に反映しているものとみてさしつかえないから、この検討の結果得られた会社株式のあるべき市場価格一六〇円ないし一七〇円は一応妥当なものということができるのみならず別表により容易に検討できる同興紡、サイボーとの比較においてむしろやや高目にみているとすら考えられる。

さらに、証券業界においては、現実の発行価額を決定時における市場価格より若干低い価額で発行することが慣例とされ、最近においては二割二分程度の割引をした例もあることは前記のとおりであるが、新株を失権株が出ぬよう消化するため市場価格より或程度の割引きをすることは当然とも考えられるから、この慣例をもって格別不合理ということはできない。しかるところ、会社の決定した本件新株の発行価額一三〇円は、前認定の会社のあるべき市場価格として、一六〇円を基準とすれば二割引までに至らず、一七〇円を基準とすればその間二割強の差があることにはなるけれども、前記の例に徴しても右割引率をもってあながち不当とすることはできないから本件新株の発行価額をもって「特ニ有利ナル発行価額」ということはできない。

3.右のとおり、本件新株の発行は「特に有利な発行価額をもってするもの」とはいえないから、株主総会の特別決議を経る必要はなく、従って、本件総会決議の瑕疵にもとづき、本件新株発行差止の理由があるとする申請人らの主張は、すでにこの点において失当である。

六、結論

以上のとおりであるから、申請人らの本件仮処分申請はその余の点について判断するまでもなくいずれも理由がないので、これを却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大西勝也 裁判官 石川哲男 小田泰機)

<以下省略>

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